色んな声が聞こえる。

こんばんは、やすかわばいべいです。

先日、念願の『無言館』に行ってきました。

ここ数年この時期に長野へ行きますが、長野っていい所ですよね。

普段東京のビルの合間に住む身としては、空は広いし、農村の景色は美しいし、心が洗われる気がしましたよ。

友人が将来長野に住みたいと言っていましたが、分かる気がします。

また、この時期、晩秋の景色というのが、徒歩旅の自分には丁度よくもありますね。雪もいいけど、備えがね。

さて、『無言館』。

上田電鉄別所線の塩田町駅下車後、徒歩30分あまり。途中で若干の山道が加わるのが、ちょっと大変でしたが…迷わず着くことができました。

ここが、戦没画学生の美術館『無言館』です。

教会のような佇まいの建物に、人気のない周囲の景色。

ここが入り口か?と思い、扉を開けようとするとそこには拝観の後、料金を支払う仕組みだと書かれている。

珍しいなぁ、と思いつつ…

重い扉を開けて中に入りました。

そこには壁に飾られた作品と、ケースに展示された遺品があり、幾人かの来館者がぽつりぽつりと作品を鑑賞していました。

私もそのひとりに加わります。

作品名と作者名、それから簡単な経歴。その最後はほとんどが「戦死」(主旨がそうですから、当たり前ですが)。

絵の主題は様々です。

人物画、風景画、静物画、油彩に水彩…

私が心惹かれるのは、裸婦画や母親を描いた絵画でした。青年たちにとって身近な「女」を描くことは、その視線に愛を感じざるえないなぁと思います。

特に、裸婦画なんていうのは、モデルが妻とか恋人とかの場合がほとんどですからね。

一人の女性が服を脱いで、裸になり、じっと描かれているという関係性の深さにちょっとどきっとしたものを感じました。

私も恋人の絵を描こうかなぁ…

ケースの方に目をやると、使用された画材のほかに、軍事郵便やらがちらほら。

そこに知ってる画材屋の名前があったことには驚きました。まあ、有名だからね。

どこかと言われれば、神保町の文房堂さんです。そこで指定の画材を買って、送って欲しいって内容だったのです。

他にも戦地の兵隊の生活を漫画調に描いてあるものもあり、ぱらりと展示されていましたが、私としては時代考証的にじっくり見させていただきたい!と思いました笑

ぱらりじゃなくて!一枚一枚はっきりと!!…なんてね。

ここで私が一番印象に残った作品はトップにも載せていますが、この…

絵でしてね。これは私が思い出して描いたものです。

作者が召集令状を受け取った後に描いた作品なのです。

気になった点がいくつかありまして、空が曇天らしく、また、道の先に川が流れているのですが、そこを渡る手段が描かれていない。

きっと行き止まりであろうと思うのです。

あるいは、三途の川のようなものなのか。

いずれにしても、不安な思いが描かれているのだろうなと私は思いました。まあ、そりゃあそうですよね。これから兵隊になって戦争に行けと言われれば、ね。

この施設を出ると、今度は第二展示場の『傷ついた画布のドーム』に移動しました。

ここはすごい。

天井いっぱいに画学生のスケッチ等が貼られている。

そして、壁には作品。ふと、あの天井のスケッチの完成作品がこれか?と思うものにであったりする。

展示室中央には自画像の彫り物がある。出征するその時まで、ずっと、一心に彫り続けていた作品だ。

画業の道が中断される、あるいは、絶たれる事の胸を掻きむしるような「苦しさ」を私は感じた。

特に、戦後の我々はあの戦争が「敗戦」であると知ってるがために、尚更に苦しいと感じるのかもしれない。

しかし、当時、いかに劣勢であろうとも、結論は見えてるようで見えていない。これは忘れちゃいけないな、と思う。

彼らにおいては、本当に「中断される」事の苦しみがあまりにも大きかっただろうな…。

私はもっと戦争画のようなものを見るのだろうか、と思っていましたが、正直、戦場の絵はほとんどありませんでした。

それはまぁ、やっぱり当たり前で、画学生の作品を集めた美術館ですからね。

この施設を作った窪島誠一郎氏の言葉に胸を打たれました。

口をつぐめ、眸(め)をあけよ、見えぬものを見、聞こえぬ声をきくために

『無言館』という静寂な空間、空調のない室内は正直寒かった。しかし、どうして今思い返してみると、賑やかな、対象に対する愛が溢れた暖かい空間であったなと思います。

時にはアートは言葉に勝ります。

ここはそういう所でありました。

帰りに一冊の本を買って、毎朝読みながら出勤してますが、

涙が止まらない描写が多くてどうしましょ…

以上、おわり!

徴兵制についてもっと勉強しようと、私は思いを新たにしましたぞ。